藤野文庫:琵琶湖総合開発の証人

秋山道雄(滋賀県立大学・名誉教授)

記念の年

 来年(2022年)は、琵琶湖総合開発特別措置法が成立して50周年目に当たる。その後、25年にわたって実施された事業が終了して25周年目に当たる年でもある。琵琶湖総合開発事業が終結してすでに四半世紀ほどになるので、現在、この事業に関心をもっている人はあまりいないかもしれない。ただ、事業に関心をもつ人があまりいないとはいえ、事業のもたらした結果は現在も生き続けている。それだけではなく、琵総(琵琶湖総合開発の略称)が終結する前後から新たに発生した事象が、この事業の結果と関わりをもっているという点では、今後の水政策の在り方とも関わってくるような存在である。

 琵琶湖総合開発特別措置法が成立した1972年は、高度経済成長期の終末に当たっていた。成立当時まではそれは意識されていなかったが、1973年に発生した第四次中東戦争と第一次石油危機によって、日本経済は以後急激な成長の低下を見せるようになる。これからも高度経済成長が続くであろうという前提で構想された琵総法は、成立後、大きな前提条件の改変を迫られた。また、琵総法の成立に至る議論が展開された1960年代から70年前後は、日本で公害問題に対する関心が急速に高まっている時期でもあった。その影響を受けつつ、琵総法は1972年に成立したといういきさつがある。そのため、この法律とその後の事業は、琵琶湖・淀川水系における治水・利水・環境保全をめぐる喫緊の課題と関わり、それへの対処を迫られてきたという背景をもっている。

藤野良幸氏が遺されたもの

 藤野良幸氏といえば、本会の年配の会員のなかにはよくご存じの方がおられるかもしれない。1977年に、『水問題の原点』(財団法人市調査会発行)を出版されているので、琵琶湖・淀川水系の水問題に関心をもつ方々のなかには、同書を読まれた方も少なくないであろう。同書の奥付にある著者略歴によれば、戦前に大阪大学理学部で物理学を専攻された後、大阪管区気象台予報係、近畿地方建設局調査課、河川管理課、近畿圏整備本部調査官を経て、1973年に退職後は財団法人都市調査会の専務理事として活動された。


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図1 『水問題の原点』外函


 略歴から明らかなように、藤野氏は琵琶湖総合開発が法や計画として形をなすまでに行政官として関わり、退職後はシンクタンクのプランナーとして近畿圏の水や環境をめぐる問題と関わってこられた方である。『水問題の原点』には、琵総法が成立するまでのいきさつや当時の琵琶湖・淀川水系の実態、さらにこれをめぐる研究や行政実務上の課題が広い視野のもとでまとめられている。同書が、今日なお意義を持ち続けている根拠を示すために、同書の一部を抜き書きしておこう。

「このような住民の期待と現実との矛盾を明らかにするためには、先ず治水の現状を赤裸々に住民の前に公表し、どうすれば水害を最も小さくすることができるか、一部の土地を提供して、残りの土地の安全性を高めるか、それとも軽微な浸水なら受忍するかなど、住民とともに考える姿勢が必要である。この意味で水害危険区域を公表することは重要である。流域の現在の治水条件が明らかにされない限り、治水事業の効果も開発に伴う影響の評価やその対策の立案も説得性に欠けるであろう。
 現在の時点で公表される治水の現状は、決して誤りのない完全なものは望みえないであろう。また、流域の変化が激しいために毎年修正を要し、あるいは住民や他の部門からわれわれの真意を理解することなく、その杜撰さを鋭く追及されることもあろう。しかし、そのような厳しい討論の過程を通じて、住民や河川以外の部局の河川の認識や防災意識が高揚され、それがまたわれわれの河川技術や河川行政を鍛え上げ、より現実的な住民のための治水計画を練り上げることにもなろう。」(同書240~241ページ)。

 近畿地方建設局の調査課長や河川管理課長を歴任した行政官のなかに、1977年の時点でこうした見解を抱いていた人がいた事実は記憶されておいて良いであろう。

文庫の成立

 藤野氏が亡くなられた後、ご遺族が藤野氏の蔵書のうち行政資料の寄贈先を藤野氏と旧知の間柄であった末石冨太郎教授に託された。1995年4月に滋賀県立大学が発足して間もなく、私は同じ学科の専攻主任であった末石教授から、蔵書の引き受けに関する大学図書館との交渉を依頼された。早速図書館の職員に掛け合ってみると、引き受けるという返答が得られた。当時は、大学が発足した当初であったから、図書館の資料室もスペースが十分あり、かつ必要な図書・資料を収集しようとしている時期にあったことも幸いしている。

 図書館の資料室に運び込まれた資料は1,998点に上っていた。これをほぼ1年かけて分類し、各資料の書誌情報をまとめた目録が整理された。蔵書の寄贈者の名をとって「藤野文庫」と名付けられ、『藤野文庫目録』と題した127ページの冊子がまとめられた。各資料はその内容から、「歴史」、「社会科学」、「自然科学」、「技術、工学、工業」、「産業」、「芸術」の項目に分類され、巻末には各資料のタイトルをもとに索引が作られている。そのため、キーワード検索に準じた探索ができる仕組みになっている。

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図2 『藤野文庫目録』表紙


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図3 『藤野文庫目録』奥付


 この中には、琵琶湖総合開発をはじめ、近畿圏における開発や環境保全に関する行政計画が並んでいる。市販されている一般の図書や都道府県史、市町村史などは、直接購入したり、図書館等で閲覧することが可能である。ところが、国の省庁や地方自治体が計画や事業を立案する際に作成した行政資料は、関係者の間にしか手渡っておらず、場合によっては担当者が部署を変わると資料自体の存在がわからなくなる場合も珍しくない。その点で、藤野氏のように長期にわたって行政計画と関わってこられた方が集めた資料が残っているのは貴重である。藤野氏が『水問題の原点』で遺された知見に学ぶとともに、残された資料を活用することで、琵琶湖・淀川水系の水問題や水政策に関する理解は深まっていくことであろう。

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