水資源需給の厳しいシンガポールで感じた「システム」

水資源・環境学会 理事 渡邉紹裕(熊本大学特任教授・京都大学名誉教授)

 シンガポールでは、平均年降水量は2,500mm程度もあって日本よりかなり多いが、人口1人当たりの水資源量にすると、リビアやヨルダンなどといった乾燥地域の国並みで、適当な貯水池もなく、水資源の需給バランスは厳しい。現在でも水供給の約2割を隣国マレーシアからの「購入」に依存し、また下水の処理水に約4割を依存する厳しい事情はよく知られるところである。一方で、ニューウォーター(NEWater)と呼ばれ飲料水などにも利用される下水の「再生水」の処理技術や、毎年のSingapore International Water Weekの開催など、水に関する技術や関心のレベルの高さもよく知られている。
 近年話題となっている屋上プールとそこからの眺望が話題となった高層ホテルが建設されたのは、シンガポールのマリーナ・ベイ・エリアと呼ばれる地区であるが、その近くのいくつかの河川が合流した河口地点にはマリーナ・バラージと呼ばれる堰が建設され、洪水調節の他、河口は淡水湖化されて水需要の約10%を供給する貯水池としても利用されるようになった。この堰は、IWA(国際水協会)やAmerican Academy of Environmental Engineers and Scientists(アメリカ環境技術者および科学者協会)などから、その優秀な技術や業績に対していくつかの賞を受賞している。
 このマリーナ・バラージによって新たに創出された行楽地域GARDENS BY THE BAYに上記のホテルが建設されたが、同じ地区内には環境に関するいくつかの施設やアトラクションが設けられている。その一つがCLOUD FORESTという施設で、この夏に、現地に詳しく、また私の関心も熟知している人に連れられて見学する機会を得た。シンガポールの「水問題」は横において、ここでは、このCLOUD FOREST で考えたことを紹介させて頂こう。
 CLOUD FOREST は、cloud forest(雲霧林=うんむりん)という熱帯・亜熱帯の山地において雲や霧が発生して湿度が高くなる条件のもとで発達する常緑樹林を、再現したテーマパークである。雲霧林は多雨林の一つで、インドネシア周辺、アフリカや南米アンデス山脈など熱帯域に多く広がっている。比較的限られた標高範囲の山地に発達し、日射量が少なくなることで、樹木は高くはならないものの枝分かれが多くなる。また、高湿度のために湿度が高いために、土壌に根を下ろさないで他の樹木や岩盤などに根を張る着生植物や、胞子によって増えるシダ植物が普通の多雨林より多くなる。これらは、今回、実際の植物とその高度分布を見ながら改めて学んだことでもある。

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写真1 シンガポールGARDENS BY THE BAYのCLOUD FOREST(左側のドーム)


 シンガポールのCLOUD FORESTはドーム型の植物園で、ドーム内に雲霧林を再現している。20ドル(約1,570円)を払って入場すると、冷房が効いた入口で、いきなり人工の山から流れ落ちる高さ35mの滝に迎えられる。この滝は、降った雨や凝結した水滴が流出して、場合によっては滝となって流下するという、雲霧林における水循環を象徴するものとして設けられているものである。と、後で、園内を歩いていくうちに分かった。自然の滝が見られないシンガポールでは珍しく、いろいろな施設に置かれた噴水や室内の人工滝と同じように、水に接する嬉しさからか、世界各国から来たと思われる来園者も、まずその滝の前で楽しそうに熱心に写真を撮り姿が印象的だった。しかし、上記の「滝の意味」を感じる人はまずいない感じだった。

watanabe2.jpg写真2 CLOUD FOREST 入口の滝(35m)


その後、約30mをエレベーターで昇り、標高2,000m程度のところの植生・樹木からスタートし、人工の山を、標高に応じた植生・樹木の変化を見ながら少しずつ下ってくるという、回遊のスタイルとなっている。例えば、最上層では厚い葉肉を持つ低い丈の草や食虫植物という、雲霧林の最上層の特徴が理解できるようになっている。途中には、「クラウド・ウォーク」という山から空中に突き出した形の回廊を、ゆっくりと「雲の中」を歩くことを想定しながら、標高に応じた山・樹木の姿を俯瞰できるようにもなっている。また、標高が低くなると、鍾乳石や水晶の展示のある「クリスタル・マウンテン」と呼ばれるスペースがあり、水の流れが生み出す地形・自然を感じ取ることができるようになっている。さらに、途中には、さまざまな色のオーキッド(蘭)類が植えられていて、来園者が足を止めて楽しむ一角も設けられている。

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写真3 クラウド・ウォーク


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写真4 最下層の湿地と植生


 このようにこのCLOUD FORESTでは、気候や水の循環とそれに対応した植物相、そしてさらに動物相も含めての生態系の展示がなされ、個々の植物ではなく「システムの展示」が強く意図されていることを感じた。展示されているものについては、一部で不要と思われる人工物が異常に多かったりするなど、展示方法や技術についてはまだ改善の余地は大きいと思ったが、この「システム」へのこだわりははっきりとしている。出口近くの地下の解説コーナーやミニシアターでは、このシステムが近年危機に晒されていることが簡潔に説明されていて、このガーデンの理念と主張がまとめられている。
 一方で、こうしたシステムの展示やそのコンセプトを感じている入園者はほとんどいないように見受けられた。それぞれの標高毎に展示される個々興味深いものにそれぞれ関心を払って回遊しているようであった。振り返って考えると、日本の植物園などは、植物の「鑑賞」に中心が置かれていて、「システム」を理解することには、さほど関心が払われていないように思える。動物園との連携や共同はほとんど進んではいないのではないか、と疑問が湧いた。シンガポールでは、いわゆる行楽地を訪れる人のかなりが海外からの来訪者であると思われるが、そういう状況の中でも、地域の自然や社会の状況を踏まえて、自然や環境のシステムへのこだわりが見られたのは良い経験となった。
 シンガポールで同じ日に訪れた無料開放している植物園でも同様のことを感じた。人の手が入っていない熱帯雨林をそのまま感じることができるような路で歩けるようになっていた。さらに、川をテーマにしたサファリパークである「リバーサファリ」では、世界の主要河川の状況を展示するとともに、動物園や水族館とも連動していて、流域システムへの関心が高まるようになっている。とくに特徴的だったのは、中国・長江を対象とした展示の一環として、流域に生息するジャイアントパンダが飼育され、じっくりと見られるようになっていたことだった。
 私が、シンガポールの「水システム」に関心があることから、ここで述べたような見方となり、偏っているといわれるかもしれないが、地域の水のシステム、とくに水循環と人間との関係を、どのように整えていくかということに対する国としての考えが、あちらこちらで表れているように思った次第である。シンガポールは、国際的な交通の主要なハブでもあり、訪問・通過の機会も多いと思う。ぜひCLOUD FORESTに立ち寄って頂き、感想や意見を賜りたいところである。

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