「親水」概念の源流をたどる

                       大野智彦(金沢大学)


 先日ある研究会に参加していた際に、「親水」という言葉はいつから使われるようになってきたのかという話題になりました。ある程度古くから使われてきた言葉だという印象はあったのですが、恥ずかしながらその明確な起源を知らなかったので、調べてみることにしました。
 手始めに手元の辞典(『スーパー大辞林』)を引いてみると、「①水に親しむこと ②水との親和性があること」の2つの意味が載っていました。このうち今回知りたいのは、前者の意味での「親水」の語源です。
 Wikipediaを調べてみると、手がかりとなる記述がありました。1960年代後半の都市河川の水害や公害を背景として、東京都土木技術研究所の山本彌四郎氏が1969年から1970年に土木学会年次学術講演会で発表し広まったという記述です。しかし、この記述自体は土木学会で発表された内容を直接参照しているのではなく、あるウェブサイトの記述を参考にしているようです。
 そのウェブサイトは、江戸川区の古川親水公園に関するものですが、そこでも土木学会の発表内容に直接言及しているのではなく、『親水工学試論』(日本建築学会編、2002)の記述を引用しています。こうなると、ますます原典の記述を確かめてみたくなります。
 幸い、土木学会年次学術講演会の資料は過去に遡って公開されており、「都市河川の基本思想に関する一研究」(西沢賢二・山本弥四郎、1970)、「都市河川の機能について」(山本弥四郎・石井弓夫、1971)を読むことができるようになっています。前者は、河川と人間の関係のあり方という壮大な問題意識に基づいて、都市河川が必要とする個別の機能が検討されています。その機能の1つとして、「魚釣り、遊び場等となること(親水目的)」として親水という言葉が使われています。これまでの情報を総合すると、この記述が親水という言葉の初出のようですが、1970年の論考においてはそれ以外の場所で親水については論じられていませんでした。1971年の論考では、東京の山ノ手地区の小河川の周辺住民へのアンケート結果が紹介されたのち、社会との関わりにおいて河川の機能が整理されています。ここで「親水機能」が「流水機能」と並ぶ河川の二大機能の1つとして大きく位置付けられていました。「流水機能」が治水機能と利水機能を包含するものであるのに対して、「親水機能」は心理的満足、レクリエーション、公園、エコロジー、空間、景観、商業を含むものとして定義されています。その上で、親水機能を担保するためにそれに特化した河道を設けることや、河川の親水機能を担保するために必須の流量を「計画親水流量」として確保することなど、興味深い提言がなされています。
 ある言葉がどのように使われていたのかを知るという意味では、過去の新聞記事をたどってみることも有益です。朝日、読売、毎日の各紙の過去の記事が収蔵されたデータベースで「親水」という言葉を含む記事を検索してみました。すると、いずれも先述の古川親水公園に関する記事が「親水」という言葉が最初に使われた記事のようでした。これらの記事では、ヘドロがたまって悪臭がしていた古川が、親水公園の整備によって子どもたちが泳げる場所へと生まれ変わったことが伝えられています。川がきれいになったことで地域のまとまりが出てきて「古川祭り」が始まり、「近所のイサカイもなくなりました」(朝日新聞1978年7月19日朝刊)との声が紹介されているのは川と地域のつながりを考える上でとても興味深いです。
 さらに資料を探していくと、山本彌四郎氏が自身の川との関わりを振り返っている文章(「私の親水、思い出すまま」『にほんのかわ』98、2002年)を見つけました。高度経済成長期真っ只中に東京都の河川行政に関わられた貴重な経験が綴られています。私が注目したのは、「親水という言葉が、どうも施設や構造物に限定されて使用されているように見受けられる文章に時々お目にかかることがあるが、親水とは、治水、利水と多様な河川機能の重要な一要素であるということ。このことが理解されないで、狭い意味の親水施設が親水であると誤解されないよう望んでいるところである。」(pp.14-15)との一節です。時に極めて人工的で川の魅力を損ねているのではないかと思う親水施設に出会うことがありますが、親水という言葉の生みの親である山本氏のこの指摘は極めて重要だと思います。
 研究会での何気ないやりとりがきっかけでしたが、調べてみると川と人との関係を考える上で興味深い事実や考え方に接することができました。どのように親水という言葉が普及し、河川政策において受容されていったのか、親水公園の整備によって地域コミュニティはどのような影響を受けたのか、「親水」概念の源流をたどってみると水資源・環境研究のテーマとなりそうな疑問がたくさん湧いてきます。
 なお、この記事の執筆に際しては、古賀達也氏(京都大学大学院農学研究科博士後期課程)に資料収集をお手伝いいただきました。記して感謝します。

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写真1 筆者は「親水」という言葉を聞くと出町柳付近の鴨川が思い浮かびます(2011年7月14日筆者撮影)

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