下水道の終末処理場をめぐる省庁間のバトル

平山奈央子(滋賀県立大学)


 おうち時間が長いコロナ禍、ゆっくりお茶を飲みながら『日本下水道史』なるものを読み進めています。そばで見ている夫は、マニアックな趣味だと思っているかもしれません()

 日本下水道史は総集編・行財政編・技術編・事業編の4編に分かれています。同書は、下水道の激動時代に建設省都市局下水道部長の職にあった久保赳氏を中心に、建設省・国土交通省や地方自治体の下水道部局のOB・現役担当者によって編纂されています。ちなみに、『続日本下水道史』もあり、こちらはCDで購入したので厚みこそないですが目次だけでもおなかいっぱいになりそうです。



図1s.jpg

図1 日本下水道史


 読み進めた中で、興味深い内容があったのでご紹介します。

 下水道の管路と終末処理場の所管が、それぞれ建設省と厚生省に分かれていた約10年間をご存じでしょうか?19571月、上水道は厚生省、下水道は建設省の所管とするが終末処理場については厚生省、工業用水道については通産省の所管とすることが閣議決定されました。この後、19672月に下水道が建設省に一元化されるまで、下水道は2つの省で分割して事業が進められました。

 上下水道はもともと建設省と厚生省の共管で、両省の不協和はその時に始まったことではありませんが、特に、水道法の制定をめぐり、1948年頃から両省の意見の相違が表面化してきた様です。厚生省は衛生的な観点から、建設省は水需給の増加や浸水対策など多目的意義を唱え、共管で進めてきた水道と下水道の事業をそれぞれ一元化する必要が出てきました。この一元化の必要性については両省とも同じ認識でした。

 上下水道事業の分割が検討されていた当時、建設省の事務次官は石破氏(現衆議院議員、石破茂氏の父)、厚生省の事務次官は木村氏でした。驚くべきは、1957年の閣議決定まで、課長抜きの異例の手続きによって両省の事務次官および官房長官らが協議を進め、その内容は課長両名には一切知らされていなかったそうです。一元化に関する協議・検討は1953年から始まり、詳細は割愛しますが、水道は厚生省、下水道は建設省でおおむねまとまりかけていたが、厚生省が感染症対策の必要性から終末処理場のみ同省に残すべきとの主張が通り、先の決定になった、と読み取りました。下水道の頭と尻尾を切り離したこの決定は両省にとって混乱を招くと、課長らは大きく反対し、辞意を申し出たほどでした。また、1967年の下水道一元化までの約10年間、その通り混乱の時代となったようです。余談ですが、1957年の決定で最も利を得たのは通産省であるとの記載もありました。

 分割行政による混乱の中、1965年から下水道行政一元化のための検討が始まりました。混乱の原因は、下水道に対する考え方が両省で異なるという基本的立場の違い、管路と終末処理場のそれぞれで計画を策定、予算要求するなどの非効率性、そのほか有識者、地方自治体、世論が一元化を求めるなど、徐々に大きな問題となりました。それらと合わせて水質汚濁問題も深刻になりつつあったことを行政管理庁が問題視し、1964年に水道、1965年に下水道の行政監察を行いました。その結果196512月に「下水道を建設省に一元化すべき」との[勧告]に至りました。

 当然のことながら建設省は早急に実施すべき、厚生省は絶対反対と意思表明をし、この後一元化が決定する19672月まで、両省や関連組織等が主張、反論を繰り返しました。協議の終盤、両省の意見対立が収束をみないことから行政管理庁長官が一人で総理(当時、佐藤栄作)の自宅を訪問し、厚生省が指摘する一元化の危惧を、2人のお茶を[終末処理場][し尿処理場]に例えて説明しました(この時、総理は最後までお茶を口にしなかったそうです)。その後、行政管理長官、建設省と厚生省の大臣、官房長官による23回の会談を経て議論は収束します。この会談の少し前に内閣解散と衆議院選挙があったのですが、厚生大臣は選挙時点では同大臣職ではなく、自民党政調副会長として建設省への一元化に賛成していました。そのため、厚生大臣としては反対の主張をしつつも、自民党員としては選挙公約の通り賛成するべきか、という苦しい立場におられました。一方、当時の建設大臣は厚生大臣経験者で「取られる立場」をおもんばかり、会談の場では建設省の主張を一言も発しませんでしたが、会談以外の場で厚生大臣との話し合いをしていたということです。この時、力で取り込まず、無理強いをせず、自身が厚生大臣だったらとの思いも巡らせながら繰り返し対話されたことが、厚生大臣をうなずかせ、厚生省内部の反対をなだめるに至ったと振り返っておられました。

 これまでの水環境保全政策の中で下水道政策は大きな役割を担ってきました。現在の政策を分析する際、昔の政策やその決定過程を理解したいと思い、勉強した結果をご紹介させていただきました。

 内容の誤りのご指摘があれば、また、同様のご関心をお持ちの方がいらっしゃればご連絡いただければ幸いです。


参考文献

日本下水道協会下水道史編さん委員会,日本下水道史 行財政編,日本下水道協会,1986

この記事へのコメント