保津川水運の再認識~水資源・環境学会夏季現地研究会~

(株)地域環境システム研究所 西田一雄

 今年の夏、8月19日、20日と恒例の水資源・環境学会夏季現地研究会に参加しました。毎回、充実した内容に満足しています。今年は、桂川上流の保津川をめぐる「京の都を支えてきた保津川 水運の歴史と水害とのたたかいを学ぶ」と題して1日目は、亀岡からに日吉ダムまでの車窓見学、日吉ダムの堤内ギャラリー及び日吉町郷土資料館を見学し、「ひよし龍の森」コテージで一泊しました。2日目は、亀岡駅近くのサッカースタジアム建設現場、「あゆもどき」繁殖施設の見学、亀岡市環境政策課での「川と海つながり共創プロジェクト」の説明を受け、河川の海ゴミ問題と河川清掃の努力やプロジェクトの事業展開を学びました。次に、保津川下り乗船場での見学、亀岡市柏原地区平和池水害の解説と資料館の見学をし、亀岡駅で解散という日程でした。あいにく、保津川の流路の整備中で保津川下りが運行中止となり、ビデオと遊船組合の代表理事の方の解説となりましたが、ビデオ映像と詳しい解説で充実した体験、学習となりました。

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 夏の現地研究会は、実態に触れ、関係者の生の声を聞いて考える貴重な機会です。参加するたびに、新しい発見があり、目からうろこの感がします。今回もいろんな発見、関心ごとがありましたが、私として疑問に思っていた重大事実が解明されたのが特によかったです。それは、現在、保津川下りの舟は、トラックにて京都嵐山から乗船場の亀岡まではトラックで搬送しています。すでに400年の歴史がある保津川下りですが、昔も木造船の水運がありました。トラック輸送の無い時代はいかにして舟を亀岡まで引き上げたのでしょうか?そこが不思議でしたが、今回の水運の歴史に関するビデオ解説で納得して、驚きました。実は、川岸を人力で引っ張り上げていたそうです。それも、3人が協力して、引き綱が水面に垂れて水がしみこまないように常に引っ張った状態で走っていたようです。何度か子供のころは、保津川沿岸をハイキングしたことがありますが、岩場でまともな道らしきものはない状態です。写真によれば、ところどころ岩場に石の綱道があったようですが、約1時間で下るところを約3時間かけて引き揚げていたようです。嵐山の出発点近くには「地獄橋」という名の帰り道の橋があるようですが、そこから上流に帰る時の覚悟の思いで名付けられたようです。本当に困難な作業であったことが想像されます。行きも激流に抗して安全に荷を運ばなければならないが、帰りは激流を逆行して舟を引っ張って行くなど思いもしませんでした。そんな苦労が基本にあって、丹波、丹後の物資が京都に運ばれていたとは知りませんでした。本当に大変だったのですね。

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 これ迄は、京都の都人の生活を支えた過酷な水運事業について、本当に何も知らなかったです。便利になった現在で当たり前の状況が、実はいろんな人の苦労で支えられていたことを知りました。本当に知ることの意味は貴重です。これからも新たな発見で見直していきたいと思っています。

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※ 秋の学会ニューズレターで、参加者報告の記事が掲載されます。お楽しみに。
posted by 水資源・環境学会広報委員会 at 10:36Comment(0)日記